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木綿の手拭いについて
木綿には、日本人の暮らしの知恵が生きています。浴衣などは古くなると寝間着に、傷んだ個所が出来ると寝間着に、くたくたに柔らかくなるとおむつに、最後には雑巾になるまで使い尽くし、完全燃焼させたものでした。印半纏や風呂敷には家紋や屋号、商標を入れることで、動く宣伝になりましたし、物の形に合わせて自在に包むことのできる風呂敷は、帽子やマフラー、雨ならば傘の代わりにもなりました。なかでもたった三尺のさらし布、手拭いは、日本の洒脱な美意識の凝縮都も言うべき豊かな文化を持っています。
江戸時代、天明(1781〜1789)の頃には、各々考案したデザインの手拭いを品評し合う「手拭合せ」が流行し、手拭いの実用に、遊びの要素が加わっていきます。小さな布面だけに文様はシンプルに、そしてその中に、判じ絵的であったり、文様が特別な意味を内包していたりという、込められた意図があります。
大正から昭和初期には、京都や東京で手拭の逸品頒布会が流行し、十二ヶ月シリーズ物など、贅を尽くした美術品ともいうべき趣味の手拭いも次々に作り出されました。
やがて戦争が影を落とし、木綿統制が行われて手拭いのみならずすべての木綿衣料が乏しくなりました。元来消耗品のこと、今では古い手拭いなどなかなか手に入れるのが難しくなってきてます。
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